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自殺物件の賃貸借

弁護士ブログ

自殺物件の賃貸借

弁護士 野谷 聡子

最近、賃貸物件の大家さんや管理会社の担当者から、賃借人が居室内や賃貸物件の敷地内で自ら命を絶った場合の様々な問題について、相談を受けることが増えてきました。これまでも常に存在していた問題ですが、あまり表に出ることがなかったように思います。

しかし、近時は、大家さんや賃貸仲介者の賃貸借契約時の説明義務の重要性が広く認識されるようになったことや、賃借人の自殺により大家さんが被る損害の賠償を認める裁判例が相次いだこともあり、社会的にも注目を集めるようになってきました。

今回は、大家さんの立場から、この問題を事例に沿って検討していきたいと思います。

【相談事例】

私は、親から相続した土地に2階建てのアパートを建ててそのうちの1室に住み、他の5部屋(いずれも1LDK)を賃料月額6万円で賃貸しています。地下鉄の駅から近いという立地もあって、これまでは長期間空室となることもなく、どの部屋にも継続的に賃借人が入ってきました。

しかし、半年前、201号室の賃借人Yの妻が、居室内で自殺をし、救急車や警察が来る大変な事態となってしまいました。Yは、その後、すぐに敷金などの返還も必要ないと言って201号室を退去しました。

私は、賃貸仲介会社にお願いして新たな賃借人を探したのですが、自殺物件ということもあってなかなか賃借人が見つからず、4か月後にようやく賃料月額2万5000円、期間2年で賃貸できることになりました。

また、先月、隣の202号室の賃借人から、来月いっぱいで退去したいという賃貸借契約の解約予告通知が届きました。具体的な解約理由は確認していませんが、私は、これもAの自殺が原因だと思っています。

そこで、Yに対し、Aの自殺によって私が被った損害として、201号室や202号室の賃料収入減少分の賠償を請求したいのですが、認められるのでしょうか。

1 賃借人の善管注意義務

賃借人は、賃貸人(大家)との間の賃貸借契約に基づいて、賃貸物件を借りています。賃貸人は賃借人に対し、賃貸物件をその目的(居住など)に従って使用できる状態にして提供し維持しなければなりませんし、賃借人は賃貸人に対し、賃料を支払わなければなりません。また、賃借人は、いわば他人のものを使うわけですから、それなりの注意をもって大切に扱わなければならず、自分のものと同じような雑な使い方をしてはいけません。

このような賃借人の義務を善管注意義務(善良なる管理者の注意をもって目的物を使用・保管する義務)といいます。

2 自殺が賃貸借に及ぼす影響

これから生活をしようとする家で過去に自殺があったとなれば、普通、人は、嫌だな、怖いな、といった思いを持つでしょう。自殺物件とそうでない物件があれば後者を選ぶ人の方が圧倒的に多いことからも、過去に物件で自殺があったかどうかは、部屋を借りようとする人にとって、その判断に影響を及ぼす重要な事実といえます。

そのため、賃貸人としては、これから部屋を借りようとする人に対し、過去に物件内で自殺があった事実を一定期間、説明する義務があると解されます。その結果、当該物件には新たな賃借人が入らず、入った場合でも相当に賃料を安く設定しなければならないという事態となるのが一般的です。

3 裁判例

賃貸人が、賃貸物件内で賃借人等が自殺したことにより損害を受けたとして、賃借人にその賠償を請求した結果、これが認められた裁判例を一つご紹介します(東京地方裁判所平成26年8月5日判決)。

この事件では、賃貸人が賃借人にアパートの一室を貸していたところ、賃借人と同居する妻が当該居室内で自殺したため、賃料を大幅に減額しなければ新規に賃貸することができなくなったとして、賃貸人が賃借人に対し、賃料減額相当分などを損害として、その賠償を請求しました。

裁判所は次のように述べて、賃貸人の請求を一部認めました。『建物の賃借人は、当該建物の使用収益に際し、善良なる管理者の注意をもってこれを保管する義務を負っている。賃借建物内で賃借人又はその他の居住者が自殺をした場合、当該建物を使用しようとする第三者がこれを知ったときには嫌悪感ないし嫌忌感を抱くことは否定できず、そのために新たな賃借人が一定期間現れず、また、現れたとしても本来設定し得たはずの賃料額よりも相当程度低額でなければ賃貸できなくなるであろうことが容易に推測できる。

したがって、建物の賃借人は、賃貸借契約上の義務として、少なくとも賃借人においてその生活状況を容易に認識し得る居住者が建物内で自殺をするような事態を生じないように配慮しなければならないというべきである。

本件事故は、被告(賃借人)の善管注意義務違反によって生じたものというべきであるから、被告(賃借人)は、これによって生じた原告(賃貸人)の損害について賠償すべき義務を負う。』『本件事故は、その後、本件居室を賃貸するに当たり、宅地建物取引業者において、賃借希望者に対して告知すべき対象となる事実である。

通常人が本件事故の告知を受けた場合、嫌悪感ないし嫌忌感を抱いて本件居室の賃借を辞退することは十分に考えられる。そうであるとすれば、原告は、本件事故の告知の結果、本件居室を第三者に賃貸することができなくなることによる賃料相当額、また、賃貸することができたとしても、その場合の賃料額は本来であれば設定できたはずの金額から相当程度の減額を要することになるものと想定されるから、その差額相当額の損害を被ることになる。

もっとも、原告に生じた上記損害は、本件居室内での自殺という事情について通常人が抱く嫌悪感ないし嫌忌感に起因するものであるところ、このような心理的な事情は、一定の時の経過によって希釈されるものであるし、いったん本件居室に新たな賃借人が居住すれば、その後の賃貸借には影響を生じないものということができる。

また、本件建物が交通の利便性の高い立地にあること、本件居室がワンルーム(間取り1K)であって単身者向けと思われること等を考慮すれば、本件居室は、賃貸物件としての流動性が比較的高いものと認められ、上記嫌悪感ないし嫌忌感の希釈は比較的速く進行するものといって差し支えない。』『本件居室の相当賃料額は本件賃貸借契約と同額の7万円と認められるところ、本件事故の告知の結果、通常、1年間は賃貸不能であり、その後の賃貸借契約について、一般的な契約期間である2年間は相当賃料額の2分の1の額を賃料として設定するものと考えるのが相当である。』

他方で、裁判所は、自殺があった居室以外の部屋については、以下のように述べて損害賠償を認めませんでした。『本件建物の規模や構造に鑑みれば、本件居室の隣室の居住者が、本件事故について何らかの感情を抱くことは否定できない。しかしながら、本件居室の賃借人である被告(賃借人)は、本件居室の使用収益に当たって善管注意義務を負うにすぎず、当然に他の居室の賃料額の減額について責任を負うことにならない。

また、原告(賃貸人)が本件居室以外の居室を新たに賃貸する場合、宅地建物取引業者において、賃借希望者に対して本件事故のあったことを告知する義務があるとはいえないから、新たな賃借希望者が本件居室以外の居室について賃貸借契約を辞退するなど、賃貸借契約が困難を生じることにはならない。

したがって、本件居室以外の居室・・・の賃料の減額について、本件事故と相当因果関係のある損害ということはできない。』

4 今回の相談事例の場合

以上のような裁判例を踏まえて相談事例を検討するならば、賃貸人の請求のうち、自殺があった201号室の月額賃料全額(6万円)の1年分と、月額賃料半額(3万円)の2年分の合計3年分については、損害賠償が認められる可能性があります。

なお、事例では、自殺発生から4か月後に新たな賃借人が見つかっていますので、賃料が安い(月額2万5000円)とはいえ、この分が賃貸人の損害額から控除されるのではないか問題となりますが、上記裁判例では、新規で入居した賃借人から得られる賃料分は損害から控除されていません。

これに対し、202号室について損害賠償が認められる可能性は高くはありません。もっとも、自殺が賃貸借契約に及ぼす影響は、上記裁判例でも一部触れられているように、賃貸物件の立地や間取り、流動性、自殺の場所や方法、報道の有無等、さまざまな事情に左右されますので、具体的な事実に基づく慎重な検討が欠かせません。

まずは一度、当事務所にご相談ください。

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弁護士 野谷 聡子

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