弁護士ブログ
祭祀財産の承継
弁護士 野谷 聡子
平成26年6月の弁護士コラムで、相続の問題に関し、遺産分割と生命保険金についてお話しましたが、今回は、相続の問題と似て否なる、遺骨の管理を巡る争いについて、取り上げたいと思います。
昨今、増えている墳墓(墓石、墓碑など)の承継者を巡る争いも、同様の問題です。
【相談事例】
先月、母が亡くなりました。遺書はありません。相続人は、私(二男)と兄(長男)、弟(三男)の3人です。両親は、20年ほど前から弟夫婦と同居しており、6年前に父が亡くなった後は、弟夫婦の家に仏壇を設けました。弟夫婦は、母が車椅子で生活するようになったことを受け、自宅を車椅子で移動できるように一部改装することにし、その工事の間、一時的に母を兄に預けることにしました。母は、長男である兄のことも頼りにしていましたが、兄の仕事が転勤が多かったこともあり、会うのはお盆と正月の年2回くらいで、同居したことはなかったのですが、ちょうど改装工事と時期を同じくして兄も定年退職して同じ市内で生活を始めたことから、母を預かることができたのです。もともと私たち兄弟は、とても仲が良かったのですが、父が亡くなってから、兄と弟との間で父の遺産を巡って争いになり、兄と弟の関係は悪くなっていました。
自宅の改装が終わり、弟が兄の家に母を迎えに行ったところ、兄から、母は渡さない、これから先も兄が母と同居すると言われ、追い返されてしまいました。その後も、何度か弟は兄と連絡を取ろうとしたのですが、その度に居留守を使われたり、母の通っていた病院も変えられたりして、母と会えない状態にされてしまったのです。その4か月後に母は亡くなったのですが、兄は私たちに無断で母の葬儀(密葬)を行い、そのまま母の遺骨を持ち帰り、今も保管しています。私たちが母が亡くなったことを知ったのは、葬儀から1週間経った後でした。弟は、母の遺骨を兄から取り戻して、父と同じ墓に埋葬したいと考えているのですが、兄に遺骨の引渡しを請求できるのでしょうか。
1. 遺骨は相続されるか
人が亡くなった場合に発生する問題として、典型的には、その人(亡くなった人のことを「被相続人」といいます。)の財産をどのように引き継いで分けるか、という相続の問題がありますが、それと同時に(あるいは、状況としてはそれよりも前に)、故人の遺体や遺骨をどのように葬るか、あるいは、故人を今後どのように弔っていくか、といった問題が、親族間あるいは親族と第三者との間で問題になることがあります。問題が生じる時期や場面が相続の場合と似ていることから、故人の遺体や遺骨の管理問題も相続と同じように扱われるものと捉えている方もいらっしゃるかもしれませんが、実はこれらは全く別の問題です。
相続の対象である遺産(相続財産)とは、相続開始のとき(通常は被相続人が亡くなった時です。)に被相続人の財産に属した一切の権利義務です(民法896条)。被相続人自身の遺体や遺骨は、『被相続人の財産に属した』ものではありませんから、相続の対象にはなりません。本件の相談事例で問題となっている遺骨も、相続とは別の方法で承継されるのです(ただし、本稿では、便宜上、亡くなった人について「被相続人」という呼称を使います)。
2. 遺骨は誰が支配・管理するか
民法は、系譜、祭具および墳墓の所有権について、相続財産を構成せず、祖先の祭祀を主宰すべき者(「祭祀主宰者」といいます。)が承継すると定めています(民法897条1項本文)。系譜とは、歴代の家長を中心に祖先以来の系統(家系)を表示するものです。祭具とは、祖先の祭祀、礼拝に供されるもの(位牌、仏壇など)です。墳墓とは、遺体や遺骨を葬っている設備(墓石、墓碑など)です。
『承継する』とは、簡単に言えば、あるものを前の人から引き継ぐ、という意味です。そのため、この民法の規定は、前祭祀主宰者が所有していた祭祀財産を、前祭祀主宰者が亡くなるなどした場合に新たに祭祀主宰者になる人が引き継ぐ、ということを定めた規定です。本件の相談事例では、被相続人の遺骨が問題となっていますが、被相続人自身が、生前、自分の遺骨を所有していたとはいえませんから(確かに、その骨は生前、被相続人自身の身体を構成していましたが、死後の遺骨とは別のものです。)、被相続人の遺骨は、民法897条1項本文が規定する祭祀財産そのものではありません。しかし、被相続人の死後は、被相続人の遺骨も、他の祖先と同様に祭祀財産として取り扱われることになること等から、祭祀財産に準じて扱うものとされるのが一般的です。
そのため、本件の相談事例で相談者の弟さんが、お兄さんにお母様の遺骨の引渡しを請求できるかどうかは、弟さんが祭祀主宰者かどうかにかかっているといえます。
3. 祭祀主宰者をどのように決めるか
では、祭祀主宰者(祭祀財産を承継する者)は、どのようにして決まるのでしょうか。世間一般のイメージとしては、「そりゃ、長男でしょう。」ということになるかもしれませんが、法律の規定は必ずしもそうではありません。祭祀主宰者は、被相続人自身が口頭あるいは書面により具体的に指定していた場合には、指定された人が祭祀を主宰することになります。このような指定がない場合には、被相続人が亡くなった地域や属していた地方の慣習に従い、このような慣習がない、あるいは、慣習の存在および内容が明らかでない場合には、家庭裁判所が審判で指定します(民法897条1項2項)。ただし、現在の家庭裁判所は、明治民法の家督相続や長子承継などの家制度的な慣習の存在を認めませんので、被相続人による指定がない場合には、家庭裁判所が審判で決めることが多いです。
4. 家庭裁判所はどのようにして祭祀主宰者を決めるか
家庭裁判所は、祭祀主宰者を指定するにあたっては、被相続人との身分関係や生活関係、被相続人の意思、祭祀承継の意思及び能力、祭具等の取得の目的や管理の経緯、その他一切の事情を総合して判断します(さいたま家庭裁判所平成26年6月30日審判、大阪家庭裁判所平成28年1月22日審判など)。
本件の相談事例では、相談者の弟さんはお母様と20年にわたり同居してきたこと、弟さんの家に仏壇があり、お母様はこの仏壇でお父様を弔ってきたことからお母様もその仏壇で弔われることを想定していたと推測できること、弟さんとお母様の別居はお母様の生活上の便宜に配慮した改装工事を契機としたものであり、弟さんとお母様の関係が悪化したという事情はないこと、他方で、お兄さんは、お母様と同居した期間は短く、同居前は年に数回会う程度に過ぎなかったこと、いくら弟さんとの関係が悪かったといっても、お母様が亡くなったことを実の兄弟に知らせることもなく、密葬を済ませており、そのようなお兄さんの行動は、親族など関係者らの意思を踏まえ末永くその祭祀を主宰していくに相応しい行為とはいえないことなどを考慮すれば、祭祀主宰者としては、弟さんを指定するのが相当であると判断される可能性が高いでしょう。
弁護士 野谷 聡子