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民法改正・解説コラム 第10回「債権譲渡法制の改正」
弁護士 野﨑 正隆
平成29年5月26日に民法の一部を改正する法律(債権法の改正)が成立し、その施行日は公布日(同年6月2日)から3年以内に政令で定める日とされていましたが、平成29年12月20日に、同法律を平成32年(2020年)4月1日から施行するとの政令が公布されました。施行まで後2年ほどですが、私たち弁護士も改正内容を十二分に把握し、事案の対処に努めたいと思います。
今回は、改正内容のうち、「債権譲渡」に関わる部分をご説明します。
1 債権譲渡とは?
(1) そもそも「債権」という用語自体、聞き慣れない方もおられると思いますが、それほど難しい用語ではなく、人が人に対して特定の行為・給付を要求できる権利のことを指します。
例えば、AさんがBさんに対して50万円を貸しつけたとすると、Aさんは、Bさんに対して、貸し付けた50万円の返還を求めることができる権利、すなわち「債権」を持っていることになり、反対に、BさんはAさんに50万円を返還しなければならない義務があることになるので、Bさんには「債務」があることになります(そこで、この場合、Aさんは「債権者」、Bさんは「債務者」と呼称されます)。
(2) そして、このような債権は、その債権の性質に反しない限り、自由に譲り渡すことができるのが原則です(これを、「債権譲渡」といいます。民法466条1項)。
例えば、上記の例でいうと、Aさんが別のCさんに、この50万円の貸金債権を譲渡した場合、債務の内容は同一のまま、権利がCさんに移ることになるので、今度はCさんがBさんに対して、50万円の貸金の返還を求めることができるわけです。
なお、「譲渡」の態様は、売買や贈与など、様々なパターンが考えられます。
2 債権譲渡の制限について
(1) もっとも、私的自治の原則(私人間における権利義務関係(法律関係)は、国家権力の介入によってではなく、各個人の自由意思に基づき規律されるべきという民法の大原則の一つ)から、当事者間で債権の譲渡を禁止したり、制限する旨の特約(以下、「譲渡制限特約」といいます。)を合意することは可能です。
そして、このような特約に反し、当事者が債権譲渡した場合の効力について、従来は、「譲渡制限特約を付した当事者間だけではなく、債権譲渡契約の当事者間においても譲渡は無効である」とする見解が有力でした(物権的効力説)。
(2) しかし、改正法は、譲渡制限特約を設けても、その「債権の譲渡は、その効力を妨げられない」と規定して物権的効力説を採用せず、譲受人が債権者になることを明言しました(改正民法466条2項)。
譲渡制限特約は一般的に債務者の利益を保護するため付されるものである一方、この特約が債権譲渡による資金調達の支障となっている状況があってこれを改善する必要も認められるため、改定に至ったものです。
反面、譲渡制限特約の存在を知っていたり(このように、ある事柄を知っていることを法律上、「悪意」といいます)、これを重大な過失によって知らなかった債権の譲受人や第三者を保護する必要はありません。
そこで、改正法では、債務者は、そのような悪意・重過失の譲受人や第三者には、債務の履行を拒否したり、譲渡人に対する弁済その他債務を消滅させる事由をその第三者に主張することができる、と規定されました(改正民法466条3項)。
(3) このように譲渡制限特約のある債権が譲渡された場合、新たな債権者は、譲受人の悪意や重過失にかかわらず、債権の「譲受人」であり、もはや債権の「譲渡人」には譲渡債権についての履行請求権も、債務者に対する取立権もないことになります。
そうすると、債務者としては、譲受人の悪意・重過失を立証できる場合は別として、常に譲受人に対して債務を履行すれば足りるように思われますが、債権譲渡の有効性に疑義があるような場合には、二重払いのリスクを負うことになります。そこで、改正法は、債務者に対し、譲受人に譲渡制限特約を対抗出来るかどうかにかかわらず、譲渡された金銭債権の金額相当分の額を供託することを認めました(改正民法466条の2)。
3 譲渡制限特約のある債権の差押
(1) ところで、改正民法466条の4は、第1項で「第466条第3項の規定は、譲渡制限の意思表示がされた債権に対する強制執行をした差押債権者に対しては、適用しない」と規定しています。
前述の例で言いますと、AさんがBさんに対する50万円の貸金債権を有していて、かつ、AB間でその貸金債権につき譲渡制限の特約を合意していても、Aさんの債権者であるDさんがその貸金債権を差し押さえた場合には、債務者であるBさんは、「譲渡制限特約」があることを理由に、差押債権者であるDさんに対して支払を拒否することはできない、ということになります。
これは、いくら私的自治の原則、といっても、差押という適法な手続きの対象外となる財産(これを「差押禁止財産」といいます)を当事者間で自由に作れるとしたら、それは行き過ぎた、という改正前民法下の判例法理を明文化したものです。
(2) 他方、改正民法466条の4は、その第2項で、「前項の規定にかかわらず、譲受人その他の第三者が譲渡制限の意思表示をされたことを知り、又は重大な過失によって知らなかった場合において、その債権者が同項の債権に対する強制執行をしたときは、債務者は、その債務の履行を拒むことができ、かつ、譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもって、差押債権者に対抗することができる」と規定しています。
例えば、Aさんが、譲渡制限特約が付されたBさんに対する50万円の貸金債権をCさんに譲渡した後、Cさんの債権者であるEさんがこの債権を差し押さえた場合、Eさんには、譲受人であるCさんが有する権利以上の権利を認められるべきではないので、Bさんは、Eさんに対し、Cの悪意・重過失を理由として、支払を拒否することができることになります。
4 預金債権または貯金債権の場合
(1) ここまで読まれた方の中には、「譲渡制限特約なんて、目にしたこともない」という方もおられるかもしれません。実は、譲渡制限特約が付された債権の典型例は、預金債権(貯金債権)です。銀行等の金融機関に口座を持っていない、という方は殆どおられないのではないでしょうか。
預貯金口座を利用した取引では、入金や引き落としなどによる出金が繰り返されて残高が頻繁に増減しますので預貯金債権の譲渡を認めてしまうと、多数の預貯金口座を管理する金融機関は、債権者が誰かを確認する負担が大きくなり、円滑な払い戻しを行えなくなります。そのため、このような預貯金債権については、通常、約款で譲渡禁止特約が付されています。
(2) そこで、改正法は、このような常態を考慮し、譲渡制限特約の付された預貯金債権が譲渡された場合、特約について悪意・重過失の譲受人との関係では、譲渡が無効となる旨を規定しました(改正民法466条の5第1項)。物権的効力説を採用せず、譲受人が債権者になることを明言した改正民法466条2項の例外、という位置づけになります。
預貯金債権には通常、譲渡禁止特約が付されている実態から、それら債権の譲受人には少なくとも重過失が認められると言えますので、金融機関は、譲受人に対し、債権者は譲渡人であることを理由に、支払を拒絶できることになります。
なお、このような預貯金債権の取扱は、改正前の民法下(つまり現在の民法)でも異なりません(前述のとおり、現在は、譲渡制限特約の効力について、債権譲渡契約の当事者間においても譲渡は無効という考えた方が採用されているからです)。したがって、この部分の改正は、社会生活(及び銀行実務)に影響を及ぼさないようにするための改正といえます。
5 将来債権の譲渡について
(1) 現行民法では、将来債権(まだ現に発生していない債権)の譲渡についての規定はなく、実務上はこれを認めた判例法理(最判平成11年1月29日等)に従い、将来債権の譲渡等が行われてきました。また、既に成立・施行されている「動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律」によって、債務者不特定の将来債権を譲渡する場合に登記することも可能となっています。
(2) そこで、改正法では、「債権の譲渡は、その意思表示の時に債権が現に発生していることは要しない」と規定して将来債権の譲渡を正面から認め(改正民法466条の6第1項)、その効果として、「債権が譲渡された場合において、その意思表示の時に債権が発生していないときは、譲受人は、発生した債権を当然に取得する」(同条2項)と規定しました。
もっとも、将来債権として譲渡可能な範囲については、法制審議会で議論された結果、改正内容に盛り込まれませんでしたので、解釈に委ねられています。譲渡可能な範囲が広がれば、その分、債務者や、債務者に対する他の債権者を害する結果になりかねません(例えば、医師の診療報酬債権の将来分を、融資の担保とするため譲渡することがよく行われていますが、範囲が広がれば、当該医師の困窮を招く結果も考えられます)。
この点、前記の最高裁判決は、将来債権の譲渡契約について、契約締結時における譲渡人の資産状況、契約内容、契約が締結された経緯等を総合的に考慮した結果、公序良俗に反するなどとして、効力の全部または一部が否定される結果になり得る旨判示しており、この判旨に従い、適法かどうかを十分に吟味する必要があります。
6 その他
(1) その他の重要な改正点としては、いわゆる「異議をとどめない承諾」の制度(改正前民法468条第1項)が廃止され、債務者から抗弁権放棄の意思表示を得ない限り、譲受人は、譲渡人に対抗しうる事由(抗弁)を対抗されることになりました。
債権を譲り受ける側からすると、このような抗弁が付着した債権を譲り受けることは回収できないリスクが高まることになるので、抗弁権放棄の意思表示を得るよう努めることになると思われますが、個々の抗弁の内容を列挙することなく、包括的な放棄の意思表示で足りるかという点は、改正に盛り込まれず、解釈に委ねられることになりました。この点については、債務者が有する抗弁を債権の譲受人らが正確に把握することは困難であり、「当該債権に係る一切の抗弁を放棄します」という意思表示で足りるのではないか、と解されているようです。
(2) また、「債権譲渡と相殺」という問題について、改正法では、債務者が譲受人に相殺をもって対抗できる債権の範囲を拡張する方向で規定されました(改正民法469条)。
7 細かい部分で説明し尽くしていない点もありますが
以上、主に重要な改正点を説明しました。債権譲渡に関連して、なお不明の点がありましたら、是非お問い合わせ下さい(ご相談下さい)。
弁護士 野﨑 正隆